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Charlie hebdomadaire=週刊シャルリー ずいぶんベタな名前だな、おい。

年末の挨拶も年始の挨拶もすることなく、こんなに間が開いてしまった。

ちょっと時間があいたけれども、フランスでのテロ事件について。たかが一年ではあるが、一応パリにいたことのある人間として。
個人的印象として、フランス人は「自由」という言葉にとても敏感だと思う。平等だの博愛なんてのは知らないけれど「それは彼の自由だ」とか「お前の好きにすればいいさ」いうセリフを、一切の悪意や諦念を含まずに言う術を彼らは知っている。(もちろん悪意を示すこともあることはあるが)
堂々と政治の話をカフェでもレストランでもできるし、選挙が近い時にライブのMCで「皆さん、セゴレーヌに投票しましょう!」なんて堂々と言える。政治が好きっていうのも自由という概念があるが故だろう。客の中にどこかの党の関係者がいようと関係なく「おれはその党は嫌いだ」とか言える。日本の場合は無駄な戦いを避けたいからか、言うことにより誰かに非難されるのが怖いからか、まず言えないし、言わない。

 「表現の自由」という言葉はただでさえ、妙にカッコイイ、というか文句のつけようのないくらい正義に満ちた表現であるのだから、フランス人が好むことは当たり前だ。今回のテロに対しても'Je suis Charlie'の文句を持ちあげ、表現の自由を許そうとしないイスラム勢力、テロ組織と戦おうとしている。

しかしフランス人でもなく、被害者でもない私はどうも違和感を感じてしまう。もちろん私だってテロ組織なんてこの世からなくなればいいと思っている。今回の犯人が罰せられるべきなのはただ「表現の自由」をつぶそうとしたからではなく、一つの会社を襲って人を殺したからである。言い方を変えれば、「表現の自由」云々というのは一種の動機に過ぎない。どこかの企業がイスラム圏の人々を差別したとして、それに恨みを抱いた人々がその会社を襲った、と言えば罪は変わるか?変わらない。会社を襲って、人を殺めたということ自体が罪なのだから。人々はその会社の名前を「Je suis」などと名乗って街中を行進するか?おそらくしない。だってその会社にだって非があるんだろ?てなもんで。

Charlie hebdoに非があるかないか、社員達の表現も行き過ぎていたのではないか、とかどうでもいい。とにかく一つの会社を襲い人命を奪ったという事件こそが痛ましく、罰せられるべきなのだ。テロ集団や組織は断固として戦うべきだが、自由を守るためではない。人の命と生活を守るためだ。

あの事件の後、「日本でも、表現の自由を守るための意思を示すべきだ。どうして日本人の意識は低いんだ」とかいう意見があったが、なんか白けてしまった。欧米の運動にあっさり乗っかろうとするのが日本人の高い意識かい?そもそも日本の守るべき「表現の自由」って何?原発の状況を説明もせず、アイドルが隠れて不倫デートしてた写真を週刊誌に載せることかい?

ちょっと話がそれたが、表現の自由を守る、なんていう大義名分がついたぶん、この争いはまだまだ続きそうで…。争いに大義名分がつくとロクなことが無い。

そんな昨日、日本も大いにかかわるテロ組織とのニュースが。とにかく無事を祈る。そしてそれは国家の姿勢と尊厳が問われることになるだろう。選挙前になると「国民の皆様」と連呼し、「国民の皆さまのための」政治が、国民が危険な状況であるときにどう対応するか。どんな結末であろうと、国家としての矜持を持った対応を期待する。

by yokohama0616 | 2015-01-21 21:38 | 芸事